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湯沢市川連漆器伝統工芸館
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 ■■ 川連漆器歴史年表

西暦 年号 できごと
733 天平 5 雄勝村に郡を建てる。
759 天平宝字 3 雄勝・平鹿の二郡を雄勝城におく。
802 延暦 21 三梨古四王野に古四王神社建立される。
1085 応徳 2 川連上野程ヶ岡に八幡神社建立される。
1189 文治 5 平泉藤原氏頼朝によって亡ぶ。
1197
1200
建久
正治
7
2
小野寺重道弟道則(矩)古四王野尻に大舘城を築き、家臣に内職として漆を用いて武具を作らせた。
1224 元仁 1(元) 大舘小野寺城主が日吉神社を祀る。
1350 貞和 5 紀州熊野米良文書に稲庭殿・川連殿と記録あり。
1524 大永 4 佐藤伊豆(四郎右エ門)が奥州栗原郡伊豆より来て、川連の小野寺氏に仕えるという。
1527 7 小野寺上野守道俊(晴道)、熊野三社に懸佛を寄進、三輪神社に漆塗り大槍・弓・矢を奉納する。
1528 享保年中
大舘古四王社の御神体が大洪水で植田村に流される(植田古四王神社)。

元亀年間
岩崎城主河内守息女能恵姫が川連城主小野寺蔵人に嫁ぐ。


時に皆瀬川で竜神にさらわれる。龍泉寺に能恵姫を祀る。
1573 天正 1(元) 能恵姫菩提所として川連に龍泉寺を建てる。
1585 13 小野寺蔵人道高中館に住む。
1590 18 太閤検地に反対し増田、川連の武士が一揆を起す。
高田右馬之助他二名が川連城代として横手城より派遣される。
1600 慶長 5 川連城主小野寺氏が最上氏に亡ぼされる。
1601 6 水戸の佐竹義宣が秋田藩主に遷封される。
1613 18 秋田藩が第2回検地を施行する(中竿)。
1619 元和 5 横手城で漆実を搾った。
1619
1621
5
7
高橋新右衛門(久保)が、この頃より椀師(漆器)稼業を始める。
1643 寛永 20 川連村より飯田村が分村する。
1645 正保 2 川連村より八面村が分村する。
1650 慶安 3 秋田藩が第3回検地を施行する(後竿)。
1696 元禄 9 小野寺三郎兵衛が大舘に在村する。
1701 14 当時の椀師稼業大舘20戸、久保9戸。善之S(根岸川連)が椀師を稼業とする。
1702 15 小安、手倉御番所夫役方軽減を願い出る。
1704 宝永 1(元) 源右衛門(久保)が椀師を創業する。
1711 正徳 2 清右衛門(野村)が椀師を創業する。伝右衛門(久保)が椀師を創業する。
1731 享保 16 川連村より大舘村が分村する。
1755 宝暦年間
新兵衛(野村)が椀師を創業する。彦右衛門(久保)が宝暦以前より酒造を起こす。
1765 明和年間
市郎兵衛(久保)が椀師を創業する。嘉七(野村)が椀師を創業する。
1772 安永年間
七郎兵衛(野村)が椀師を創業する。
1780 天明 1(元) 佐市(久保)が椀師を創業する。平吉(野村)が椀師を創業する。
1784 4 菅江真澄が「雄勝郡内調査」をする。
1790 寛成 2 利兵衛(久保)がこの年代より椀類漆器に投資する。
1801 寛成(享和) 13(元) 儀助(野村)が椀師を創業する。
1804 文化 1(元) 吉左衛門(久保)が椀師を創業する。
1805 2 庭之助(久保)、多左衛門(久保)が椀師を創業する。
1806 3 新之S(久保)が椀師を創業する。
1814 11 菅江真澄が「雄勝郡各村」を再調査する。
1815 12 利兵衛が他国と商取引をして、椀類を販売し、絵具類を移入する。
1816 13 百松(久保)が椀師を創業する。
1817 14 徳左衛門(久保)が椀師を創業する。
1819 文政 2 権右衛門(久保)が椀師を創業する。
1822 5 重右衛門(上野)が椀師を創業する。
1823 6 利兵衛が西成瀬狙半内中村より木地惣輪膳を取り引きする。
1824 7 中野藤兵衛に木地師惣左衛門が丸物を納品する。
1825 8 武兵衛(川連)が中野藤兵衛の漆器の絵描きをする。
1826 9 椀原木の払い下げが木山方より薪木方の取り扱いとなる。
1827 10 江州筒井八幡宮(木地師)氏子駈寄進帳に大舘村九戸と記録される。
川連塗器の久保田下筋への出荷(川下げ)を高橋利兵衛が願い出る。
1828 11 辰之助(久保)が椀師を創業する。
1829 12 柴田伊左衛門(野村)が椀師を創業する。
1828〜1832 文政天保 11〜3 川連椀師作業絵図・農作業絵図を五郎右エ門(佐藤氏)が所有し伝える。
1830 天保 1(元) 高橋利兵衛(久保)が京都より金銀箔類・絵具・絵筆等を移入し販売する。
1832 3 仁吉(野村)が椀師を創業する。
1833 4 大凶作により大舘・久保両村の漆器職人が、食を求めて各地に散る。
1834 5 運吉が漆抓きを稼業とする。
1835 6 新左衛門(久保)が椀師を創業する。清左エ門(野村)が漆抓きを稼業とする。
1836 7 亀四郎(久保)が指物師を創業する。
1837 8 中野忠右衛門が沈金(広ぶた)とある(藤兵衛文書)。
1838 9 忠右衛門・門兵衛が指物・角物を藤兵衛に納品する。沈金は勇吉。
1839 10 新八(久保)・源蔵(久保)が椀師を創業する。多右エ門(野村)が漆抓きをする。
1840 11 半治が椀師を創業する。
1841 12 利兵衛が、新潟を中継して京都より板物(膳・重類)を移入する。
1842 13 大舘村・川連村職人が取調書を上げされる。秋田土崎港より川連漆器の輸出(沖出し)を以前通り無役で願い出る。
1844 15 大舘・川連・中野の三ヶ村の漆買入取り調帳を書き上げる。
1844 弘化 1(元) 川連漆器を秋田土崎港より沖出し(輸出)移出する。
1847 4 川連村の漆家業人別の屋敷、畑、漆木等が取り調べられる。
1849 嘉永 2 会津若松の蒔絵師角田東斉(号香軒)を高橋利兵衛が招いて「蒔絵」「金蒔絵」の技法を五兵衛(加藤)、権右エ門(樋渡)、新兵衛(大関)、善右エ門(佐藤)、に授ける。
2 中野屋藤兵衛が皆瀬木地山の広右エ門・岩右エ門・浅次郎・初右エ門と椀木地の取り引きをする。
久保村の椀師仲間が、基本備を作る(同業者34戸)。
1850 3 高橋利兵衛が、久保川原に舟小屋を設け、人と物資の交流をすすめる。
1851 4 大舘村の椀師仲間が基本備を結成する(同業者78戸)。
1853 6 三代目関喜内(川連)が藩内に漆木・桑苗・松・杉苗を植える。漆木三代で10万本と記録あり。
1855 安政 2 高橋利兵衛が北海道松前方面に漆器を移出する。
漆掻きについて越後国漆抓き人の件が許可となる。
1858 5 京都朱座役所より朱取引き・販売を高橋利兵衛が許可される。
1859 6 江戸朱座役所より朱売捌所を高橋利兵衛に許可される。
1860 万延 1(元) 大舘村の大火により漆家業18戸が焼失する。
1861 文久 1(元) 京都・丹後・滋賀・彦根・兵庫・大阪・備中岡山と椀類の取り引きとして販路を拡張する。
1862 2 大舘村より出火し大火となり大舘(1/2)、久保(2/3)、中久保のほとんどが焼失する。
1866 慶応 2 皆瀬川の久保川原に飯田・久保・大舘・三梨・稲庭の農民500余名が集結し、年貢納付のことで湯沢御役所に対し一揆を起こす。
1868 明治 1(元) 戊辰戦争が起こる。明治維新で新政府生まれる。
1869 2 佐竹藩より岩崎藩となる。大舘村・川連村両村の漆器生産額が2,000両と記録されている。
1871 4 高橋利兵衛が輪島の沈金技術を導入し、鐵沈金が作られる。
1876 9 漆器生産額が大舘村10,000円、川連村7,000円、計17,000円と記録されている。
1878 11 秋田県御用賞盃用達を利兵衛・中野屋・七郎兵衛が申し付けられる。
1879 12 山谷峠が掘りさげられる。皆瀬川に久保橋を架ける。
1885 18 大舘・久保の漆器業者は221戸、工員数は405名。中野20戸、八面2戸。
1889 22 大舘村、川連村が合併により川連村となる。
1895 28 京都博覧会に高橋利兵衛・加藤駒吉(中野)長男同小一郎を派遣する。
1896 29 川連村漆器同業組合を組織する(組合員200名)。
石川県輪島の佐藤斧吉氏より錆地塗装を習得する。
石川県輪島の松岡治太郎氏が、沓沢市内に輪島沈金技法を伝授する。
1897 30 川連漆器第1回品評会を開催する。
大日本漆工会の荒木真弓、植松抱民(帝室技芸員)、赤塚自得の3先生を招き、図案・意匠・塗装の講習会を開催する。
植松抱民先生に加藤小一郎(本蒔絵・平研ぎ蒔絵)が技法を1年間学ぶ。
市島浅次郎先生に橋豊蔵が、本地呂色塗・研ぎ出しの塗り技法を1年間学ぶ。
1899 32 川連漆器第2回品評会を開催する。
静岡漆器の透し絵(銀間(馬)塗)の技法を高橋利兵衛が導入する。
1901 34 高橋利兵衛・樋渡辰治郎に最上忠吉より吉野絵の技法を修得させる。
大舘村佐藤幸吉が、大工阿部林蔵により「車ろくろ」を製作する。
1902 35 大舘村佐藤丹治・阿部林蔵の両名が、会津若松の技法による「水車式ろくろ」を製作・活用する(動力ろくろの導入)。
大舘の佐藤九内・古関多七・佐藤利吉氏が相次いで「水車式ろくろ」を利用し椀木地の生産を行う。
増田町広嶋甚左エ門氏が「出羽物産株式会社」を設立し、大舘に支店をおき「漆器問屋制」による販売を始める。
1907 40 農商務省工業試験場三上喜三郎技師、大日本漆工芸会顧問技術員塩田真氏を招き「漆技術指導」を受ける。
「出羽物産株式会社」が解散する。
宮城県鳴子の横谷万作氏が、高橋徳左エ門(久保)の客人となり「足踏みろくろ」の技法を伝授する。
1908 41 東京美術学校教授島田佳矣先生、農商務省工業試験場沢口悟一技師(鳴子出身)を招き「図案並びに漆技法」の講習を行う。
1909 42 樋渡辰治郎(久保)が写真蒔絵を習得し技法を広める。
1910 43 日英大博覧会に守屋源之助ほか数人が出品し入賞する。
1911 44 実業学校令による「川連工業徒弟学校」を開校(大舘公会堂)する。第1部(3年制)第2部(2年制)。
1914 大正 3 大舘公会堂に「鈴木式石油発動機の動力製材ろくろ」を取り入れる。
1915 4 川連工業徒弟学校が廃校となる。
1917 6 稲庭水力電気株式会社が営業し、家庭に電灯がともる。
1918 7 佐藤直蔵(大舘)「電動ろくろ」が椀工場を自宅に作る。(山石工場)
1920 9 木地師の祖「惟喬親王碑」を木地師親王会が建設する。
1926 15 川連自動車商会が、川連〜十文字間・川連〜湯沢間のバス運行を行う。
1929 昭和 4 秋田県工業試験場川連分場が設置される。初代場長に近藤将照氏が着任、漆器の技術研究発展に尽くす。
山谷峠の第2回改修工事を行う。
1933 8 川連町となる(町制施行)。
1934 9 秋田県立川連漆器試験場に昇格する。初代場長に近藤将照氏が就任する。
1935 10 内閣総理大臣斎藤実氏が川連漆器の視察に来町する。
商工省主催の日本工芸作品展覧会において加藤俊治(中野)が商工大臣賞を受賞する。
1936 11 秩父宮・同妃両殿下が川連漆器の御視察に来町する。
1938 13 川連漆器協同組合を結成する。
1939 14 物資動員計画により経済統制のため漆や他の資材の入手が困難となる。
1946 21 川連漆工芸指導所と改称する。
1947 22 日本美術展覧会に、加藤自呂(菻田出身)が漆芸(手箱)で初入選をする。
1949 24 秋田県漆器工業協同組合を結成する。
1950 25 指導所創立20周年記念として第1回漆祭りを行う。
1952 27 日本美術展覧会に加藤五兵衛(中野)が漆芸(衝立)で初入選する(以後10数回入選)。
1955 30 秋田県工業試験場川連指導所と改称する。
漆工芸研究青年者が「木目会」(漆芸研究会)を結成する。
1958 33 川連漆器商業協同組合が結成される。
1960 35 川連指導所創立30周年記念として日本漆器青年研究大会並びに漆器作品展示会を行う。
1961 36 川連金仏壇の製造が始まる。
1962 37 秋田県漆器工業協同組合「漆器センター」を建設する。
1964 39 川連漆器近世作品展示会を指導所で3日開催(出品数319点)。日本美術展覧会(日展)に阿部繁三郎・沓沢則雄が漆芸で初入選。
1969 44 秋田県漆器工業協同組合が「全国漆器作品展示会」において総理大臣賞を受賞する。
1976 51 川連漆器が「国の伝統的産業工芸品」として認定される。「伝統工芸士」も誕生する。
加藤茂(中野)が「卓越した漆器技能者」として労働大臣より表彰される。
日展に加藤一衛(中野)が漆芸で初入選する。
1978 53 高橋富治(久保)が「卓越した漆器技能者」として労働大臣より表彰される。
日展に大関七郎(久保)が漆芸で初入選する。
1979 54 川連指導所創立50周年記念として「川連漆器の歩み展示会」を開催する。
1980 55 高橋富治(久保)が現代の名工「卓越した漆器技能者」として労働大臣より表彰される。
樋渡正三(久保)が伝統的工芸品産業振興協会長から表彰を受ける(川連漆器産業功労)。
1982 57 秋田県工業試験場川連指導所新庁舎が竣工。
川連漆器産業の拠点となる稲川町林業センターが竣工(川連漆器資料館を含む)。同センターに秋田県漆器工業協同組合事務所が移る。
1985 60 第29回日本漆器協同組合連合会の全国大会を稲川町で初開催する。
1987 62 新山谷トンネルが開通する。
阿部健三郎(大舘)が通商産業大臣表彰を受ける(川連漆器産業功労)。
1988 63 第23回全国漆器展で秋田県漆器工業協同組合が桂宮賞を受賞する。
沓沢時次(大舘)が通商産業大臣表彰を受ける(川連漆器産業功労)。
1993 平成 5 秋田県漆器工業協同組合が通商産業大臣表彰を受ける(伝統的工芸品産業功労)。
第1回川連塗りフェアを開催する。
1994 6 沓澤則雄(大舘)が日展で特選を受賞する。
1996 8 川連漆器が秋田県伝統的工芸品の指定を受ける。
加藤桃一(大舘)が全国伝統的工芸品産業功労者として表彰を受ける(川連漆器産業功労)。
1997 9 加藤五兵衛(大舘)が現代の名工「卓越した漆器技能者」として労働大臣より表彰される。
1998 10 第10回ジャパン〈漆〉サミットが稲川町で開催される。
第42回日本漆器協同組合連合会全国大会が稲川町で開催される。
第32回全国漆器展で秋田県漆器工業協同組合が内閣総理大臣賞を受賞する。
沓澤則雄(大舘)が日展で2回目の特選を受賞する。
1999 11 秋田県工業試験場川連指導書が稲川町に移管され、稲川町産業支援センターとしてリニューアルオープンする。
2000 12 稲川中学校に川連漆器を導入し、漆器による学校給食がはじまる。
第34回全国漆器展で秋田県漆器工業協同組合が内閣総理大臣賞を受賞する。
佐藤伊右衛門(大舘)が全国伝統的工芸品産業功労者として表彰を受ける(川連漆器産業功労)。
2001 13 ワールドゲームズ2001秋田大会の公式競技用メダルを川連漆器で作製。
2002 14 木村賢治(大舘)が全国伝統的工芸品産業功労者として表彰を受ける(川連漆器産業功労)。
2007 19 川連漆器が地域団体登録商標として認定される。
2008 20 摂津広紀(大舘)が第43回全国漆器展で個人最高賞の経済産業大臣賞を受賞、秋田県漆器工業協同組合も団体で日本経済新聞社賞を受賞する。